2014年04月30日

2014年5月以降の当ブログの運用について

記事「やるべきこと/やるべきでないことのリスト」でも私の悩みを書いたが、このブログを毎日更新するのには途方もない労力を必要としている。私は、記事をアップするからには、ある程度の分量を維持したいと考えているからだ。

しかし、ここに来て限界が来てしまったようだ。2013年9月〜2014年4月までの8か月間、一日たりとも休むことなく記事をアップし続けてきたが、もはや、これ以上ブログの更新に時間と労力を割くことはできない。ネタがないのではなく、良・質ともに高いブログを維持するための時間がない。というか、事前調査・文章の校正をするだけのモチベーションが維持できないのである。従って、2014年5月以降の当ブログの運用は、3日に一回程度の更新とさせていただく。これは苦渋の決断である。

私のうつ病は、2013年6月の最悪期と比較すると、見違えるほど良くなった。最初の頃は、精神科治療向精神薬に関する記事の比率が高かったが、今では仕事に関する意見自己主張のような内容の記事が多くなってきている。これは、私の健康状態が良くなってきているからこそ出てきた変化である。

このブログには、どうやら一定の数の読者がついているらしく、そういう方々に私の書いた文章を読んでいただいていることを大変嬉しく思っている。事実、このブログを通じて知り合い、メッセージ交換などをさせている人々も何人か存在する。そういう方々は、私がブログを毎日更新することを楽しみにしていただいているようで、「更新頻度を下げようと思っている。」と私が伝えると、率直に、「残念だ。」と言ってくれた人もいた。そういった人々には、申し訳ない思いでいっぱいである。

ここまで8か月間、毎日ブログを更新してきたが、その経験から私が学んだことは次のような事柄である。

【ブログの更新を8か月続けてわかったこと】
・自分の今考えていること・願望・悩みなどが明確になる。
・過去に何を考えていたか振り返るための備忘録となる。
・記事の内容が徐々に固定化していく。
・量・質ともにモチベーションが下がっていく。

このブログは、読者がたくさんついてくれれば確かに嬉しいけれど、あくまで自分のために書いている。自分の思考を整理し、未来につなげるためである。更新頻度を下げても、その効果はそれほど減弱しないと思っている。

私の尊敬しているkyupin先生のブログを見ると、彼は最初の2〜3年毎月30〜40近くの記事をアップしていたようだ。彼は医師という大変多忙な職業に就きながら、よくここまでモチベーションが維持できたものだと感心する。しかしながら、直近の2年ほどは彼のブログへのモチベーションも下がったのか、毎月20前後の記事数に下がり、そして、ここ半年は記事数が20を超える月はほぼなくなっている。しかも、彼のブログをよく読むとわかるが、ほんの十数行しかない短い記事も多数存在する。

私は、これは自然なことだと思うし、やむを得ないことだと思う。誰でも、何かを長く続けていると徐々に飽きがくるものだ。ただ、それが大切なことであれば、少し休んででも長く続けていく方がよい。だから私は、ブログの更新頻度を下げつつ、今後も書き続けていくことにした。

毎日このブログの更新を楽しみにしている数少ない読者の方々には申し訳ないが、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。

(参考)
やるべきこと/やるべきでないことのリスト
kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)


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2014年04月29日

リラックスタイムには良いひらめきが生まれる

何度か書いているが、このブログの記事は土日にまとめて書いている場合が多い。IT関連という極めて忙しい業界で働いているから、平日に仕事が終わってから毎日記事を書くのは難しい。時間的にも体力的にもそんな余裕はない。それでも、早く会社から帰れた時や、時事ネタですぐに書かなければならないと思った話題は頑張って早めに記事にしている。そういう時の記事は、文章的にはおかしくないかもしれないが、内容が薄くなっている可能性がある。

土日には良い記事が書ける。一番の理由は、リラックスしているからだ。これは、金曜日の仕事の後でも同じである。次の日に何も用事がなく、当面の時間的余裕があるということが重要なのだと思う。つまり、副交感神経の亢進が良いひらめきや鋭い洞察を生むのであろう。後から読み返してみても、時間的余裕がある時に書いた記事の方がボリュームが多く、事前調査もしっかりしていて、文章のキレも良いと感じることが多い。

私の経験では、とかく、「ひらめき」に関してはリラックスしている時でなければ生まれないと思う。例えば、仕事で悩んでいる事柄があったとしよう。頑張って残業して、解決策を考える。私はシステムエンジニアなので、大抵はシステム開発に関することである。しかし、その日の残業時間中には、結局良い解決策は思い浮かばない。夜22時頃になって、次の日の業務にも支障が出てきそうだから、仕方なくその日は諦めて帰ることにする。すると、夜0時頃、眠る前にホットティーでも飲みながら仕事のことを「ぼんやり」考えていると、ふと解決策が「思いつく」のである。そして、次の日にそれをしっかりと仕事に反映できる。

この記事自体は、今、土曜日の午前10:42頃に書いている。今日の午後も特に用事はない。だから、とてもリラックスした状態で記事が書けている。前のパラグラフで、「とかく」などというあまり使わない副詞が自然と出てきたのもそのためだ。急いでいる時ならば、文章にキレがないから、「何はさておき」とか「特に」といった単語に置き換えていたと思う。これこそが、副交感神経優位の状態がもたらす脳への影響なのだと確信する。

私は、「ひらめき」自体はその人の能力ではなく、神からの贈り物だと思っている。心に余裕が生まれた時、「こうしよう」「あぁしよう」といったアイディアが天から降ってくるのである。もちろん、ベースとなっている知識や技術といった基盤がなければそれを受け取るのは難しい。しかし、その人にとって必要な考えは、その都度下りてくるものではないだろうか。少なくとも、私はそう信じたい。

最近では、年末年始に実家に帰った時にそれを実感する機会があった。年末年始の長期休暇が終わり、実家から勤務先の都市に帰ろうとした時、最寄り駅までの家族の送迎の車の中で、ふと思い出したのである。抗うつ剤抗不安薬を実家に置き忘れていた。これがなければ頭が爆発する。(それはそれで、強制断薬になるから良い機会だったのかもしれないが、少々危険だ。)

私はその時、車の中で、新年から始まる仕事のことを考えていた。「新年から仕事が大変だったら、自分のメンタルがもつかなぁ…。」と。そうしたらふと、薬を実家に忘れてきたことを思い出したのである。何者かが私の頭の中に侵入し、仕事と薬に関する考えを紐で結び付け、私に重要なことを思い出させたのだ。

何だか今日の記事も、怪しげな私の考えを露呈するものとなってしまった。


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2014年04月28日

私の心は鋼(はがね)でできてはいないんだ

私の会社で提供しているクラウドサービスの一部分を、小さなソフトウェアハウスに外注して作らせているのだが、そこの品質があまり良くない。私たちの業界は、大きなシステムをいくつかの機能ごとに分けて、異なる会社に作らせることがよくある。しかし、中には技術レベルが低い会社もあり、同じくらいの難易度のシステムでも、バグもなしにすぐに作ってくれる会社と、長期間かけてひどいバグだらけのシステムしか作れない会社がある。

私たちは、一度発注したら最後までその会社に作らせるしかないので、その会社の担当者の尻を叩いてシステムを完成させようとする。しかし、今回の場合は、一応納期に間に合ってシステムを作ってくれたのだが、バグだらけで使い物にならなかった。だから、私の同僚が向こう会社の技術者に、メールや電話で何度もクレームを入れ、何とかバグ潰しをしようと頑張っていた。

ところが、相手をひどく叱責しすぎたせいで、向こうのSEがメンタルで倒れ、虫の息になってしまったのである。同僚は、「しまった!やりすぎたか…。」と反省していた。私は、別にその同僚がそこまで厳しい社員だとは思っていない。責任は、向こうの会社が慢性的な人不足で、一人の技術者に責任を持たせすぎたことにあったのだと思う。

そんなこともあり、向こうの会社から、「今度はSEに直接クレームを入れるのではなく、営業を介して要望を伝えてくれ。」と言ってきた。担当者が変わったので、私の同僚は今度こそバグ修正を早く終わらせられると期待を込め、またしてもその営業にクレームを入れ始めた。「これをなんとかしろ」「早く直せ」「いつまでにできるんだ」の嵐である。私が向こうの会社の営業社員でなくて本当によかったと思う。(とはいっても、これはビジネスである以上仕方がないことなのだ。)

しかし、今度の営業社員は手強かった。私の同僚が何度クレームの電話を入れても、「対応します」「SEに伝えます」「もう少しお持ち下さい」の一点張りである。おまけに、メールをいくら入れても完全無視で、一週間経っても返信がない。さすがの同僚も、上司に報告しなければならない責任があるので、やがて疲れを見せ始めた。そして、やがて私に愚痴ってきたのである。

「九条君、今度の向こうの営業担当はどうやら鋼(はがね)の心を持っているらしいよ。俺が何度言っても全然聞きやしない。完全に無視されてる。前の技術者の人は、これだけ言ったらすぐに虫の息になってダウンしちゃったのになぁ…。」

これを聞いて私は、「世の中にはいろいろな人がいるものだなぁ」と思った。だって、メンタルが強い人は、仕事ができるのが当然だと思っていたからだ。向こうの会社の営業担当は鋼の心を持っているが、現実には全く仕事はできていない。いや、もしかしたらやるだけの時間的余裕がないだけなのかもしれないが。

というわけで、私たちが発注したシステムのバグは、今でも修正されずに残ったままである。いつになったら修正してもらえるのか、全く目途は経っていない。彼らは、「瑕疵責任」という言葉を知らないのではないかと思う。別に、システムのバグがどうなろうが私は知ったこっちゃないが、もし私自身がそんなふうにお客様から大量にクレームを入れられたら、すぐにうつ病に戻ってしまうと思う。(こういう状態を、「壁になる」と表現する。)私の心は、その営業社員のように鋼でできてはいないんだ。

ともあれ、それだけ言ってもバグを修正してくれない会社も珍しい。ソフトウェアビジネスは極めて競争の激しい業界で、いい加減な仕事をしている会社はやがて淘汰される。私は、ああいう責任感のない会社は、すぐ倒産するのではないかと思う。


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posted by 良源 at 09:59| 仕事全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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