2014年10月30日

美人時計を考えた人は天才だ

以前から、bijin-tokei(美人時計)というサービスが非常に気になっていた。この美人時計というサービスは、「美人時計であなたは1分間の恋をする」というコンセプトから生まれたもので、手書きのボードを持った「美人」が時刻を知らせるインターネットサービスである。このサービスの主体は、それをWindowsスマートフォンでガジェット化して、ランダムに美人を表示させる。そして、エンドユーザはその画像を見て楽しみ、同時に時刻を確認することができるのである。

私は、このサービスを考えた人は天才だと思う。なぜなら、コンセプトがあまりにも単純な割に、非常に多くのインターネットユーザの間に浸透しているからである。美人時計のサービスを提供している会社は、東京に本社を置くBIJIN&Co.という会社らしいが、Wikipediaによると従業員数はたった33人とのことらしい。きっと広告収入サービス利用料でぼろ儲けをしているのだろう。

BIJIN&Co.は、他にも「美男時計」「韓国版美人時計」「ギャル時計」「サーキット時計」などのサービスを展開しているようだが、いずれも不振となっている感が強い。なぜなら、私自身それらを見たことがないし、いずれも美人時計に包含されるサービスだからである。しかしながら、提供元の会社は、美人時計の構想を打ち立てた時点ではここまでサービスがヒットするとは考えていなかったに違いない。

私の会社もそうだが、多くの民間企業はその業界に特化したヒット商品を開発することに必死だ。私の会社では、最近製造業向けにクラウド型のサービスを開発し、販売を開始した。しかし、当初は大ヒットになると見込んだにも関わらず全く売れていない。そのロイヤリティたるや、毎月の利用料だけでたった数万円が回収できる程度である。これでは運営費等で軽く赤字となってしまう。大企業が億単位の投資をして開発した商品なのだから、せめて毎月数百万円規模のロイヤリティが回収できないと意味がない。

特にIT業界に至っては、技術の進歩は日進月歩だ。だから、次々と新しいサービスを開発し、展開していかなければならない。そうしなければ、会社は生き残っていくことができない。必ずしも全ての商品がヒットする必要はないが、そのうちのたった一つか二つの商品がヒットするだけで、何もしなくても毎月の利用料で大きな収益が確保できる。そして、その収益が5〜10年ほど会社の存続に役立つケースもある。

私が高校生の時、初めてパソコン上でアダルト動画P2Pのダウンロード形式でなく、ストリーミング配信で見ることができた時、非常に興奮したことを覚えている。もちろん、興奮したのはアダルト動画に対してではなく、各家庭に光回線が普及し、動画を無料で見ることができたという事実に対してである。この時ばかりは私も、その回線速度の向上に便乗して、何か一儲けできないかと考えた。(考えただけで、別に行動に移すことはなかったけれど。)それに、この時点で既に私の大学進学から就職先までの進路は決まっていたものと思われる。

ビジネスで儲けるためには、常にアンテナを張り巡らせ、アイディアとしてキャッチできる体勢を整えておく必要がある。個人事業主なら、なおさらそういう気持ちが必要だ。

(Wikipedia)
BIJIN&Co.
(参考)
表紙で売る本
bijin-tokei(美人時計) 公式ウェブサイト - Japanese -


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2014年10月27日

経験のない仕事をするということ

最近のことだが、ある日突然、英語を学ばなければならなくなった。理由は、会社で技術書マニュアル英訳するという仕事が発生し、その担当者として私が抜擢されたからである。その仕事に私が選ばれた理由は、単にTOEICの点数が少し高かったから。こういう端的な理由でいきなり仕事を押し付けられるのは非常に困る。私は他にも仕事を持っているわけなので。

それに、TOEICを受けたことがある人はわかると思うが、TOEICの点数が高いからと言って、必ずしも英語が実務で使えるとは限らない。TOEICは、点数を上げるのにコツがあるテストなので、真に英語ができなくても高得点をマークすることは可能である。私などはその典型で、趣味で英語を学び、点数は高いものの、話すことや書くことは全くできない。(英語で満足にメールを書くことすらできない。)会社が要求するからという理由で今までTOEIC対策をしてきただけである。

しかし、こうなったらやるしかない。仕事の順序としては、まず私が特定のドキュメントを一人で英訳した後、本当に英語ができる社員(数年以上の海外赴任経験がある社員)にレビューしてもらい、間違い表現の良し悪しについて指摘してもらうというものである。数回のレビュー/修正の後、品質が高くなった時点で、お客様に出すことになる。たぶん、がむしゃらに英訳し、レビュー時点でひどく怒られることになるだろう。しかし、英語ができない人間が英訳を担当しているのだから仕方ない。文句があるなら、最初から英語に堪能な人物がこの仕事を担当すべきである。

仕事をしていると、慣れない仕事をいきなり押し付けられることがよくある。どんな職業でもそうである。システムエンジニアでは、プログラミング言語フレームワークがその一例だ。経験がないのに、ある日突然上司から、「シェルスクリプトを書け」「C言語で作れ」「Strutsを使え」などと指示されるのである。こう指示された時、「それはやったことがないので他の人にお願いして下さい」と一応言ってはみるものの、結局は自分のところに仕事が戻ってくる羽目になる。たぶん、人というのはそうやって徐々に成長していくのだろう。

私は、「やったことがない仕事はやりたくない」とは言わない。それでは、何の成長にもつながらない。しかし、経験のない仕事をする際には、ある程度の習熟期間が必要なことも事実である。経験のない仕事は誰でも不安だし、大きな責任を伴う場合はなおさらだ。上記の英語スキルなど、数週間やそこらで習得できるものではない。

エリック・レイモンドは、エッセイ「ハッカーになろう」の中で、「新しい言語をものの数日で習得できるようにならなくてはなりません。」と述べている。しかし、そんなことは不可能だ。確かに、プログラミング言語においては、他の言語の経験があれば、基本文法やロジックの組み立て方など、新しい言語がすぐに習得できる可能性はある。しかし、実際には、その言語のAPIやライブラリ、他のプログラムやハードウェアとの相性などを学ぶには数か月〜数年もの期間が必要である。

この辺りで記事の結論をまとめたいのだが、良い結び方が思い浮かばない。それはきっと、今日の記事自体が私の不平不満を連ねた内容になっているからだろう。

誰にでも、仕事に対して不安要素はある。要するに重要なのは、自分の弱点を認識し、課題をどう乗り越えていくかだ。

(Wikpedia)エリック・レイモンド
(参考)ハッカーになろう


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2014年10月24日

「責任を取る」という言葉が意味するもの

ついこの前、同僚の一人が上司に、「お前こんな仕事の仕方して、責任取れんのか!ぶっ殺すぞ!」と言われてヘコんでいた。私はその現場を見ていないが、「ぶっ殺す」と職場で平気で言う人も珍しい。私から見て、言った上司も、とてもそんなことを言うような人には思えなかった。

で、今日の記事の主眼は、「ぶっ殺す」ではなく、「責任を取る」という言葉である。「責任取れんのか!」と上司に罵倒されて、「はい、責任は私が取ります。」となかなか答えづらいとは思う。しかし、そもそも、「責任を取る」ってどういう意味なんだろう?今日はその言葉について考察してみたい。

私の理解だと、何か会社で仕事の失敗を犯して、その「責任を取る」という意味で“責任”という言葉を使う時、厳密には次のような意味を指しているように思う。

【“責任を取る”という言葉の意味】
・失敗した内容に対して、実際に怒られ、謝罪すること。
・失敗した内容の後始末として、実際に平時に戻すための仕事をすること。

これは私の独自の見解だが、上記のように考えて大きくは間違っていないと思う。辞書でも、「責任」は、「自分のした事の結果について責めを負うこと」とある。そう考えた時、私の会社では、ほとんどの上司は責任を取っていない。冒頭の、「ぶっ殺す」と言った上司も、実際にはいつも責任を取っておらず、「お前何やってんだ!」と後で部下を叱るだけである。

私の会社では、上司の階級にもよるが、お偉いさんは基本的に、自分で謝ったり、部下の失敗を取り戻すために自分で作業するということが少ない。いつも部下を叱り、事態を収拾するために命令するだけである。これは私の会社だけかもしれないが、悪しき慣習だと思う。

例えば、私はシステムエンジニアなので、システムにトラブルが発生したとしよう。その時、最初にお客様に謝罪するのは担当者である一般社員だ。そして、トラブルの技術的解決に当たるのも一般社員であり、最終的なトラブル報告を行なうのも一般社員だ。そう考えると、上司は何の責任も負っていない。なぜこうなるかというと、お客様は私たち担当者の上司の顔など知らないからだ。たまにどうしようもない損失をお客様に負わせた時だけ、上司が実際に客先に赴き、面着で謝罪することもある。しかし、そうなった時でさえ、一度頭を下げるだけなので、とても「責任を取る」というレベルには達していない。

社内の不祥事が発生した時もそうである。時々、会社の金銭を不正流用したり、着服したりして懲戒処分になる社員がいる。そういう時、自分だけ責任逃れする上司がいるのである。部下の不祥事など、上司は知る術がないというわけだ。本来は上司にも監督責任が及び、同時に懲戒処分になるはずだが、そんな時でさえ上司は知らんふりして、「責任を取ろう」としない。

年配の一般社員の同僚に話を聞いたところ、「昔はこんな社風じゃなかった」と嘆いていた。昔は、部下が仕事に対して不安を抱いている時、温かく相談に乗り、「大丈夫、失敗しても俺が責任取るから、思いっきりやれ。」と背中を押してくれる上司がいたらしいが、今は全ての上司が部下を見殺しである。もちろん仕事の相談には乗ってくれるが、基本的に上司は仕事のトラブルに関わりたくないと思っている。

なぜこんなことになったんだろう?理由はわからないが、私の今の会社では、全ての仕事を自分の責任においてやらなければならない。これは、私の会社だけでなく、IT業界において精神の病が蔓延している理由の一つなのかもしれない。


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