2014年12月31日

サインバルタとリボトリールの離脱症状

先日、「向精神薬を飲み忘れた結果」という記事を書いたが、実はあの後も実験的にしばらく断薬を続けてみた。その理由は、1〜2日断薬してもそれほど抑うつ気分・不安が出なかったので、もうやめられるならきっぱりとやめてみようと思ったからである。しかし現実は厳しかった。

向精神薬を断薬して48時間後不眠悪夢の症状が現れたことは前回の記事で書いた。しかし、72時間、96時間と時間が経過するにつれ、様々な離脱症状が身体に現れ出したのである。断薬の経過を下記に示す。

【断薬した薬】
・サインバルタ 20mg
・リボトリール 0.5mg

【離脱症状の経過】
断薬24時間後:[なし]
断薬48時間後:不眠、悪夢
断薬72時間後:不眠による全身倦怠感、軽い頭痛、めまい
断薬96時間後:微熱、発汗、激しい頭痛、めまい、ふらつき
断薬終了:

上記の通り、断薬して48時間後にはすぐに不眠悪夢の離脱症状が現れ始めた。しかし、72時間後には不眠と悪夢の離脱症状は解消し、代わりに不眠によると思われる全身倦怠感が残り、軽い頭痛めまいなどの症状が出始めたのである。そのまま我慢すること96時間後、睡眠は普通に取れることから全身倦怠感はなくなったが、頭痛が激しくなり、謎の発熱と、めまいが強さを増してふらつくようになってきた。まるでアルコールを摂取しているかのようであった。

その後すぐに薬を1回分服用して断薬を終了するわけだが、最も辛かったのは頭痛であった。頭が割れそうに痛く、とても仕事で集中することなどできなかった。他の発熱やめまい・ふらつきは我慢できるレベルだったが、頭が爆発するのではないかというほどの激しい頭痛に襲われ、仕方なく断薬実験を終了することになったのである。

今回の実験でわかったことであるが、まず反省点として、やはり向精神薬の離脱症状を甘く見ていたということが一つ、それから意外だったことは、その数日間のように特にストレスがない状態では、断薬しただけでは抑うつ気分・不安などの出なかったということだ。(これは私だけかもしれないし、私にとっても今回だけかもしれない。)しかし、この点を単純に解釈すれば、もう私には向精神薬が必要ないとも考えられる。断薬しても抑うつ気分・不安が出ないのなら、向精神薬など不要だ。ただ、これについてはもう少し時間をかけて検証する必要がある。

これまであまり考えたことはなかったが、私にとって非常に興味深いのは、抗うつ剤も抗不安薬も、副作用「不安」が明記されているという点である。副作用というのは一般的に増薬中や服薬中に現れるものを指して言っていると思われるが、これは要するに、減薬中に起こる離脱症状も同じということだ。(副作用=離脱症状)

さらに言えば、副作用に「不安」が明記されているということは、同時に「抑うつ気分」も現れる可能性があるということを意味する。「抗うつ剤の副作用に抑うつ気分?」「抗不安薬の副作用に不安だって?」私はこの点をあえて「興味深い」と形容したが、ここを指摘して向精神薬の効果を疑問視する声も多い。いろいろな情報を当たって思うことは、向精神薬に対する不信感は、一般患者からだけでなく、精神科以外の他科の医師からも寄せられていると感じる。精神科治療に対する不信感は根強く残っている。

個人的に私は、はっきり言って薬の増減などあまり気にしない。必要があるなら飲むし、不要ならやめるだけだ。しかし、元々のうつ病の症状がなくなっているのに薬を飲むということには疑問がある。そんなのは金の無駄だと思うし、たぶんもう私のうつ病は治っている。後はどう離脱症状をクリアするかだけだ。

(参考)
向精神薬を飲み忘れた結果
サインバルタを2週間試してみた実感
リボトリールは気分安定化薬なのか
デュロキセチン:サインバルタ
クロナゼパム:リボトリール,ランドセン


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2014年12月30日

うつ病は甘えではなく「未熟」なのだ

うつ病に関する情報を調べると、「うつ病は甘えか?」という議論を必ずやどこかで目にするようになる。この議論の背景には、うつ病になったことがなく、うつ病患者の気持ちがわからない人が一定数存在するという前提がある。

うつ病の気持ちがわからない人は、うつ病になった人を見て、「うつ病は病気ではない、性格的な問題だ」「甘えだ」「本人が弱いだけだ」と思う。最近はこれを公に宣言する人は少なくなったけれど、それでも彼らは心の中ではそう思っている。これは、比較的環境の易しい組織、例えば大学大手企業、一部の公的機関で顕著に見られる傾向がある。

例えば、大学などの易しい環境にいてうつ病を発病する人が出ると、その組織に所属する他の人は、「あの人はなぜうつ病になったんだろう。何が原因で?」と首をかしげる。彼らはうつ病になった人の気持ちがわからないから、結局のところ「甘えだ」という結論にたどり着く。そしてその結果、「うつ病=甘え」「うつ病=弱い」という固定観念が形成されていくのである。これはある意味恐ろしいことである。

私個人の考えでは、うつ病は甘えだとは思わないけれど、代わりにうつ病は「未熟」だと思っている。これは心因性のうつ病に限った話だが、うつ病を発症する人のほぼ100%はストレスマネジメントがあまりうまくない。特に、若くしてストレスからうつ病を発症する人は、(私も含め)絶対的な経験値が足りていない。若いために挫折した経験や、困難を乗り越えた経験がないことがほとんどである。彼らは甘えてはいないが、未熟だ。

ストレスマネジメントがしっかりできていても、あまりのストレスの強さにうつ病を発症することはあり得る。例えば私の会社では、ストレスに強いと思われていた人が責任の重い仕事に抜擢され、結果的に精神を病むということがよくある。これは、周りの期待が大きすぎたことと、本人のストレス処理能力が思ったほど高くなかったことが原因である。こういったことは私の職場では頻繁に起こっている。(私の会社は「大手」と呼ばれる部類には入ると思うが、なぜか仕事のストレスからうつ病を発症し、休職する人が非常に多い。)

周りが評価するストレス処理能力と、その人の本当のストレス処理能力は比例しないことがある。私はこれを経験的に知った。

先日、仕事の打ち合わせで自分の部下と会話をしていた。私は、彼の作成した提案資料に対して、「お客様のA社を見くびっているのではないか。もう少し念入りに計画を立てた方がいいのでは?」と指摘した。すると彼はこう答えたのである。

「A社の人間なんて所詮みんなバカです。この程度の資料で十分です。彼らはこの提案を飲むでしょう。彼らの選択肢はそれしかありません。それに、後々トラブルに発展したとしても、私は彼らのやり方など知り尽くしています。」

この言葉だけを聞くと、まるで彼が非常に性格の悪い人間に思えるだろう。だが、普段の彼はそんなふうではなかった。彼は私の言うことを良く聞き、しかも彼の仕事の進め方はいつも素晴らしかった。それ故に、彼がいきなりこんな発言をしたものだから私は驚いてしまったのである。

しかし、後にちゃんと整理してわかってきたのだが、おそらく、本当の彼は非常に自信を持っているのだろう。ただ、それを職場ではうまく隠しているのである。彼は極めて頭が良く、常に自分の立場をわきまえ、人の言うことを素直によく聞く。しかし一方で、彼はその年齢に見合わないほどの経験を積んでいるのである。そして、彼の内面は自信に満ちており、非常に高いストレス処理能力を兼ね備えている。

うつ病は甘えではない。しかし、未熟だ。だから、うつ病を回避する一番の方法は経験を積むことである。それはすなわち、「うつ病を一度経験すること」とも言い換えることができる。


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2014年12月29日

社長になって更迭される夢

昨夜変な夢を見た。私が今の会社で社長になる夢である。夢の中で、私は次々と業績を上げ、どんどん出世していく。そして最後には経営手腕を評価され、取締役会で代表取締役社長に抜擢されるのである。何とも奇妙な夢である。

しかし、この夢には続きがある。その後、社長に就任した私はそれまでのようにうまく業績を上げられず、あらゆる事業で不振が続き、ついには更迭されてしまう。夢の中で私の更迭を取締役会に強く要求した人物は、今一緒に働いている先輩であった。夢の中で、彼は同じく役員になっていた。

この場面は、映画「ゲーム」の中で、マイケル・ダグラス演じる投資銀行家のニコラスが、経営不振で株価が低迷している出版社の社長アンソンに対し、解雇を言い渡す場面と非常によく似ていた。映画の中では、以下のような会話の流れとなる。

アンソン「わしの所に初めて来たと思ったら、社長を辞任しろか?」
ニコラス「アンソン、約束では利益は1株1ドル60だ。私が来るのは当然だろ。」
アンソン「予測が甘すぎた。」
ニコラス「その通りだ。」
アンソン「前期より8セントは上がった。」
ニコラス「予想は10セントだ。それを裏切った。」
アンソン「2セントで責任取れと?」
ニコラス「株が下がってる。2セントが何百万もの損害だ。」
アンソン「もう半期待ってくれ。必ず約束は…。」
ニコラス「今日が問題だ。」
アンソン「まったく話の分からん強情者だ。親父さんがいれば…。」
ニコラス「何?」
アンソン「わしとは友達だった。君が子供の頃から。」
ニコラス「父親の友人だから金が消えるのを黙って見てろと?」
アンソン「…。」
ニコラス「まだある。辞任というのは間違いだ。あんたを解雇する。それで会社の信頼は回復し株価は上がる。」

【ニコラス(マイケル・ダグラス)がアンソンに対し解雇宣告する場面】
解雇宣告.jpg

映画の中では、この場面は私にとって非常に印象的で、背後に小さく雷の音が鳴っているのが静かな迫力を感じさせた。しかし、私が夢の中で更迭を要求された時には非常に恐ろしく、まさにリアリティのある悪夢として感じられた。

私の夢がこの映画の影響を受けていたのは間違いなさそうである。そして私はこの夢を見て、出世の道は「諦める」のではなく、あえて「避けよう」と思った。私はまだ20代である。今はまだ出世の可能性は残っており、これからの出来次第では社長になれる可能性もゼロではない。別に社長役員にまでならなくても、部長課長になるだけならかなり望みはあるのではないかと思っていたのだ。

しかし、考えてみると出世するというのは恐ろしいことだ。大きな影響力を行使しなければならなくなると同時に、職を追われる可能性をも同時にはらんでいる。その責任の重さ故に「昇進うつ」になる人も多い。私はできるだけ平和に生活したいと思っている。報酬が高いのは魅力的だが、それに比例してストレスが大きくなることを考えれば、出世は意図的に避けるべきかもしれない。

30代一歩手前。私がこの人生で本当に望むものは何か、ちゃんと整理して優先順位をつける必要がありそうだ。

(Wikipedia)
ゲーム (映画)
マイケル・ダグラス
(参考)
我が子を食らうサトゥルヌス


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