2015年02月28日

精神科医の視点の違いについて

私はこれまで度々、ある人がストレスでうつ病を発症するかどうかは、「その人の気質や性格に因るところが大きい」というような扱い方をしてきた。私がこのように考える傾向があるのは、私が世界を自分中心に考えているからであって、「自分がどう変化すればストレス回避できるか」というのを軸にしているからだと思う。

しかし、どうも精神科医の考えはそれとは違うらしい。精神科医がうつ病患者を診る時、「患者がどういう気質・性格を持っているか」と同じくらい、「患者の脳へのダメージがどのくらい深刻か」を診ているような気がする。例えば、kyupin先生の記事に次のような記述が出てくる。

------------------------------
いったんうつ状態になったなら、数ヶ月休職したり、退職したりしても簡単に良くならないことが多い。容易に病前の健康さや仕事のパフォーマンスが戻らないのである。例えるなら、既に脳に裂傷を負っているからである。職場から離れるだけで良くなるなら精神科医など必要ない。内科などに行き、睡眠薬と抗うつ剤を服用しておけば簡単に治るはずだ。
------------------------------

つくづくkyupin先生のブログは学ぶところが多い。たとえ、あなたが医療従事者でなくてもである。「脳への裂傷」なんて考え方、一般の人にはできない。それに、この考え方の応用問題として、次のような一節も記載されている。

------------------------------
僕は言葉の暴力は、実際の暴力となんら変わりがないという考え方である。手を出すか出さないか、脳に対してはたいした相違はない。
------------------------------

「脳への損傷」「脳に対しては大した相違はない」という言葉は、とても印象的な言葉だったようだ。検索してみたところ、他のところでも引用している人がいた。

もしかしたら、精神科医が、「精神」「脳」そのものとして考える捉え方は、多くの精神科患者を診ているからこそできるようになるのかもしれない。精神科医は、たくさんのうつ病患者を診る。その中で、休職したり退職したりしてもすぐに回復しない人が多ければ、「なぜ患者たちは、職場を離れても症状が改善しないのだろう?脳に何か傷が残っているのでは?」と洞察するようになるのかもしれない。いや、むしろそれが普通だ。

「身体の怪我は目に見えるが、心の怪我は目に見えない」そこが違う。それだけでなく、もっと大きな点として、「身体の暴力を受ければ誰でも怪我をするが、言葉の暴力を受けても、心に怪我をする人としない人がいる」という点もポイントになってくる。だから、「パワハラを受けてPTSDになった」というようなヘボい記述をたまに見るけれど、これはあながち間違いとは言えない。

つい最近、Yahoo!知恵袋の中で、「打たれ強い人は、叩かれたり叱られたりしたとき、どういう心境なのですか?」という質問を発見した。そのベストアンサーに選ばれていたのは、「特に何も感じません。」という一言だけの回答であった。

確かに、心が強い人というのはそういうものなのだろうね。でも、こういうふうに言い切れる人はそう多くはないと思うよ。

(参考)
「IT従事者のうつ状態」の補足
職場に行くと息苦しい
打たれ強い人は、叩かれたり叱られたりしたと…


応援よろしくお願いします。




ラベル:記事一覧
posted by 良源 at 00:00| うつ病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月25日

私が日々心掛けていること

今日の記事は何の意図もなく書いている。いつもは書きたいことが山ほどあるのだが、今日はそれほど湧き上がる感情がないので、私がいつもどんな風に生活しているかを書きたい。

まず、私が生活する上で大事にしていることは何だろうかと考えた時、次の3つを心掛けるようにしている。これは今たまたま思い付いただけだし、もしかしたらすぐに変わってしまうかもしれない。

【私が日々心掛けていること】
・した方がいいことをする
・予測する
・諦めない

一つ目の「した方がいいことをする」というのは、今何をすべきか、ということだ。これ非常に些細なこと、例えば、今自分の部屋を掃除した方がいいのかとか、勉強した方がいいのか、ということを常に考えて行動するようにしている。

金曜日の夜に仕事から疲れ果てて帰ってきた時、本当はすぐにお酒を飲みたくても、先に洗濯を終えてからにする。なぜなら、お酒を飲んでからではどうせ眠くなってできなくなるだろうし、土日に急な予定が入ったら、最終的に洗濯機を回せなくなるかもしれない。だから、「今やっておいた方がいい」ということである。これは自律心という言葉で表されているが、とても大事なことだ。

二つ目の「予測する」は、もう少し未来のことである。例えば、私は今独身だが、もし結婚するなら早く相手を見つけなくてはならない。もし結婚すれば、子どものいる幸せな家庭を築けるだろうが、経済的なプレッシャーや他の社会的な立場をわきまえなくてはいけなくなる。しかし、もし一生独身のままならば、一人寂しい人生を送ることになるだろうが、経済的にはたぶん困らないし、社会的にも自由気ままに生きていける。

こういったことは、今決めなくてはならない。もう少し決定を先延ばしにすることもできるかもしれないが、自分がその決定によってどの方向に進むのかを予測しておかなければならない。出世コースを狙うか、転職するか、どこに住居を構えるかということもこの範囲に含まれる。将来を予測することが大事である。

最後の「諦めない」は、ごく一般的な感じだが、私にとってはちょっと違う。これは、自分の人生を、自分でコントロールするということだ。私の人生は私のものだ。私は誰にもコントロールされないし、全ての選択肢を自分で見つけ、自分で決定していく。私は自分のなりたいものになる。それが、「諦めない」ということである。もちろん、人生の途中で幾度か大きな失敗があることは織り込み済みだから、その部分を諦めないと表現している。

当然、計画が途中で変更になることはあるだろう。でも、決して諦めてはダメだ。自分から情熱を失わない限り、何かを学び、変化し続けることが大事だと思う。


応援よろしくお願いします。





ラベル:記事一覧
posted by 良源 at 00:00| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

ソフトウェアが生活に与えた影響

最近、ゼネコンで働く友人と久々に会う機会があり、その中でいろいろな話をしたのだが、彼が仕事で一番悩まされていることに、電子機器のトラブルを挙げた。例えば、電光掲示板や信号機のようなものが想定通りの動きをしない時、顧客からクレームが上がり、それがなかなか解決できないことがあるという。

私はゼネコンの仕事なんて何も知らないので、「なぜだい?そんなのメーカーに取替えさせればいいじゃないか。」と言った。しかし、彼によると、どうもそう簡単にはいかないらしい。というのも、聞くところによると、そういった建築物の中に設置されている電子機器は大量生産品ばかりではなく、少量生産品やカスタマイズされたものも多い。そして、一度そういう製品がトラブルを起こすと、問題を解決するのに長い時間がかかるというのである。

ここで言う「カスタマイズ」とは、要するに特殊な用途に使用するために製造した特注品のことであって、当然、少量生産品やカスタム製品は、大量生産品に比べて実績が少なく、製造してから短期間で納品するために品質は下がる。そのようなことから、巨大な建築物を管理する仕事をしていると、到るところに製品トラブルが噴出してとても手に負えない状況になるという。

問題はである。そういったトラブル(例えば、電光掲示板の表示がうまく切り替わらない。あるいは、表示の時間がズレる等)の原因は、主として製品の電子制御部分にあるという。言い換えれば、電子機器のトラブルの原因は、そのハードウェアにインストールされているソフトウェアに起因するものがほとんどだというのである。

私はこれには驚いた。一体私が何に驚いたのかわかるだろうか?ゼネコンの社員が、設備のソフトウェアトラブルに悩まされている!これでは私のようなIT企業社員と変わらない。要するに、どの業界も仕事のストレスの原因はソフトウェアにあったということである。

私の言わんとしていることがわかるだろうか?よく考えれば当たり前のことかもしれないが、「電子機器」というのは私たちの生活と密接に関わっている。私たちが電子機器という言葉を使う時、それは主としてマイクロプロセッサ(CPU)を組み込み技術によって制御できる製品を指す。そして、CPUをアセンブラやC言語で制御する仕事は、メーカーで働くソフトウェア技術者が行なっている。

私たちの生活は、高度経済成長期に様々な家電製品が登場し、ずっと便利になったが、それは主としてソフトウェアの貢献によるものである。インターネットがここ20年くらいにやっと登場し、それ以前に発達しなかったのは、通信インフラが整っていなかったことや、個人向けの安いコンピュータが手に入らなかったからだ。

ソフトウェアは、全ての技術基盤となっている。私たちの生活はここ50年くらいで非常に便利になったが、ソフトウェアのせいでより一層生活を難しくした。仕事はもちろんだが、ちょっとインターネットをするにも全くソフトウェアについて知らないというわけにはいかない。

つまり私が言いたいことは、もしかしたら、ソフトウェアは21世紀最大の悪かもしれないということである。

(参考) 今世紀最大の発明とは?


応援よろしくお願いします。





ラベル:記事一覧
posted by 良源 at 00:00| ハードウェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。