2015年07月31日

人種差別の原因は本当に肌の色か

最近、人種差別について真剣に考えていた。日本には元々黄色人種しかいないので、人種差別についてはあまり聞かない。ただ、私たち日本人は、日本語の話せない外国人が突然現れると、恥ずかしい気持ちからよそよそしい態度を取ったり、相手には人種差別と取られかねない対応をすることはよくある。日本は島国なので、外国人に対して苦手意識がある人が多いようだ。

最近は、グローバル化の影響で日本で働く外国人や観光客が増えており、一般の人でも白人や黒人の人と関わる機会が増えてきている。私たち日本人は、「白人」「黒人」「黄色人種」という人種差別についてもっと真剣に考える必要があると思う。というわけで、今日ここでは、「黒人差別の原因は、本当に肌の色なのか?」ということについて少し考えてみたい。

人種のるつぼである米国では、警察に職務質問される割合は黒人の男性が圧倒的に高いという。この理由は、米国では実際に黒人には低所得者が多いということと、そういう人たちは犯罪率も高いということが理由になっているようだ。ただ、ここには肌の色に対する差別が隠れていることも見逃せない。凶悪犯罪の犯人が常に黒人と疑われることと、彼らに対する人種差別には大きな関係がある。

あなたは、「黒人が怖い」と思ったことはないだろうか。私はある。実際、私たち日本人は外国人をあまり見慣れていないので、肌の色が非常に黒い黒人に恐怖心を覚えることがある。また一方で、「白人がカッコいい」と思ったことはないだろうか。ディズニー映画のプリンセスは全員白人だし、世界のトップモデルも白人が大半を占める。私たちはこのような固定観念を自然に受け入れているが、この理由は何だろうか。

結論から言うと、私たちが白人に憧れ、黒人を虐げる理由は、結局のところ肌の色だと思う。考えてみてほしい。基本的に、白は「正義の色」、黒は「悪の色」ではないだろうか。私たち黄色人種も含め、全ての人の肌の色が白と黒の間のどこかに位置するとしたら、それによって性格や気質に対して先入観を持たれてしまう可能性がある。私は、それが人種差別の根本的な理由だと思う。

私は、黒人や黄色人種に対する人種差別を許容していない。しかし、黒人が怖いという潜在意識があるのも事実だと認める。私は過去に、黒人と握手をした際、少しだけ怖いと思ったことがある。これは大変失礼な話なのだが、「黒い肌に触るのは気味が悪いな」と思ってしまったのである。別に黒人の手に触っても、肌が汚れたり、匂いがうつったりするわけではない。しかし、こうした些細で無意識な感覚が、人種差別を助長する原因になっている。

また、米国のティーンエイジャーでは、単に「カッコ悪いから」という理由で黄色人種を差別する人たちもいるようだ。歴史的に、黄色人種は「黄色いサル」と言われてきたので、アジア系と付き合うのはダサいことだと考えられている。また、黄色人種は白人や黒人に比べて背が低いので、軽視される傾向がある。日本でもよく「イケてないグループの奴とは仲良くなりたくない」という風潮があると思うが、それと似ている。

こんな話を聞いたことがある。米国では黒人差別が主に話題として挙がるが、実際には米国で一番窮屈な思いをしているのは黄色人種なんだそうだ。理由は、黄色人種は白人と黒人の両方から差別されるからである。普段白人に差別されている黒人にとって、ナメられやすいアジア系は恰好の標的である。同様に、普段日本にいると人種差別をしない私たちも、米国に行くと急に人種差別を目の当たりにすることになり、黒人に対して差別意識を持つことが往々にしてあり得る。

結局のところ、いろいろな意見があるが、私は人種差別というのは肌の色なんだと思う。私たちは、白いものを「美しい」と思い、黒いものを「醜い」と思う傾向がある。肌の色がそうなっているということは、人種差別があるというのは仕方のないことなのかもしれない。

私はどこだったか、誰かがこんなことを言っているのを聞いたことがある。「日本にはユダヤ人差別がないからいい。」それはそうだ。だって私たちには、ユダヤ人も他の外国人も区別がつかないもの。

(参考) 女社会はなぜ陰湿なのか


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2015年07月30日

輪廻転生と現代における真理の探究

私は、輪廻転生前世に関することは若い頃から興味を持ってきた。なぜそんなものに興味を持っていたかというと、多くの人と同じように単純な好奇心というのもあるが、前世を知れば、現世での仕事や課題がわかると思ったからである。

私にとって、輪廻転生の仕組みがより具体的にイメージできるようになってきたのは、とみなが夢駆さん「体外離脱するサラリーマン」が2010年に出版されてからであった。この本は、著者のとみなが夢駆さんがヘミシンクというツールを使って知り合いの前世を見ることで、現世での課題や日本に生まれ変わってきた理由を解き明かしていくという内容である。

この本は比較的読みやすいので、最後まで一気に読み終わり、「あぁ面白かった」という形で終わってしまいやすい。しかし、私は思った以上にこの本から学べることは多いと思っている。例えば、この本に出てくる輪廻転生の例で、「前世でたくさん人を殺したから、現世では看護士に生まれ変わった」というような人が登場する。これは単なる興味本位から見ても非常に面白い内容だが、突き詰めれば「カルマとは何か」「輪廻転生の目的」を深く考えることができる。

この本に出てくる人たちの前世を見ていると、感覚的に輪廻転生とは何かがわかってくる。ただ、それはあくまで「彼らの前世」であり、多くの場合「あなたの輪廻転生」に当てはまることではない。だから、結局のところ、輪廻転生や前世を考える上ではこの本の内容は一定のヒントにしかならず、完璧な答えは得られないままである。

とみなが夢駆さんは、当初はこの本の内容を自身のブログとして書いており、それが最終的に書籍化された形になっている。従って、本の内容は整理されていて読みやすいが、彼のブログ本体の方が情報量が多い。私の場合は、本の方ではなく、彼のブログの方に参考となる記述を発見することができた。それは、当時大学生であったクニさんという方の前世である。

頭でっかちで真面目な大学生のクニさんは、現代の日本に生まれてくる前、15世紀スリランカで生まれたことがあるようだ。当時のスリランカでは、仏教の僧になる人物というのは人々からも尊敬される素晴らしいエリートだったらしい。クニさんは前世でその時代の僧として生き、人々から崇拝されるような地位まで上り詰めながらも、ひたすら修行と仏典の研究に勤しむ人生を送ったことがあるという。

私はこのクニさんという方の前世を読み、自分と感覚が非常に似ていると感じた。例えば、私も仏教僧だった時の前世があり、その時の生活や価値観が現世の私の性格に大きく影響を与えている。私はお金にはあまり興味がないが、知識を愛する。そして、宇宙の神秘を解き明かしたいと願っている。そうした私の性格・気質は、仏教の信仰心とつながる部分が多い。

このクニさんという大学生は、過去生で学んだ宇宙の真理を、多くの人々に伝えたいという使命感を持ってこの現世に転生してきたらしい。彼が大学院への進学を目指したり、脳科学という一風変わった分野を専攻しているのもそれが理由だという。そして、彼のガイドスピリット(守護霊)もクニさんに対して次のようにアドバイスしている。

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彼が求めているのは真理の探究なのだよ。人間の言葉を文法という形で体系化したり、様々な森羅万象の出来事を、物理や数学の方程式など抽象的な概念に置き換えて表現したりするのと同じように、全宇宙の法則も、数式や方程式のような美しい形で表現して理解できるのではないかと彼は信じている。そのような“様式美”を信じておる。
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私が最初にとみなが夢駆さんのブログを読んだのはずいぶん前だが、当時私はこの文章に大きく心を揺さぶられたことをよく覚えている。きっとそうだろう。純粋に知識を求める人々というのは、共通してこのように感じているはずなのだ。また彼のガイドは、次のようにも語っている。

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ただ、そうやって自分が真理だと思うことを今生でずっと探求し続ける限り、おそらく一生貧乏で、大金持ちにはなれないだろう。自分がやりたいことを目指そうとし続ける限り、困窮するというようなこともないだろうが、大金持ちになれることもない。
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そういうものらしい。誰にでも欲はある。そして、欲を持つこと自体は悪いことではない。しかし、金銭欲を満たすためには、他のものを犠牲にしなくてはならない。具体的には、お金持ちになるには、知識欲を捨て、もっと貪欲なお金に対する執着がなくてはならない。そういう意味では、薄々感じていたことだが、たぶん、私は一生金持ちにはなれないだろう。

将来的に私が金持ちになれないならそれでいい。おそらく、現代の日本は、過去のどの時代、どの地域にも増して真理の探究をするのが難しい場所となっている。私の現世での仕事は、そうした真理の探究や愛の実践が難しい場所において、いかに自分の芯を貫き通せるかも課題となっているはずなのである。

(参考)
私が生まれてきた理由
書籍化されるブログについて
前世や輪廻転生の存在を信じるか
もしもう一度人生をやり直せるとしたら
学究の道はイバラの道!?


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2015年07月29日

織田信長とジョルダーノ・ブルーノ

スピリチュアル系の著名人に木内鶴彦という人がいる。この人は、表向きはコメットハンター(彗星捜索家)なのだが、本当の顔は臨死体験を複数回経験したと主張する講演家である。先日、この木内氏の話を聞く機会があった。

彼は、独自の天体観測によりスイフト・タットル彗星を発見したことでもよく知られている。彼の臨死体験については、彼が若い時に死亡確認されたとする30分後に蘇生され、その記録が病院のカルテに残っているらしい。そのような記載がWikipediaにある。

この木内氏は、日本の精神世界でもかなり有名な人で、Amazonなどでも彼の著書を購入することができる。私は、彼の著書を読んだことはないが、彼は何やら一般人と違うらしく、アカシックレコードを通して過去や未来の出来事を読むことができるとのことである。私はそのような彼の能力など全く信じていないが、先日、彼から面白い話を聞いたのでそれを共有したい。

彼は、何がきっかけだったか忘れたが、ある時、織田信長の目を通して彼の経験した人生を見てしまったと言い出した。この時の木内氏のニュアンスでは、「織田信長の過去を盗み見た」というよりは、「偶然見てしまった」というような印象を受けた。

ご存知の通り、織田信長は天下統一を目前にして、本能寺の変で明智光秀によって殺されたとされる人物である。しかし木内氏は、信長の目を通して、本能寺の変の後、本能寺から遠く離れた海岸で、明智光秀が信長に対し、「殿、お疲れ様でした。」と言うのを見たと言い出した。つまり、木内氏によれば、信長の死は明智光秀と結託した自作自演の死だったというのである。これには、あまりにも話が突拍子もなさすぎて笑ってしまった。

で、その後なぜ明智光秀は豊臣秀吉に討たれたかというと、これは天下統一をかけた仲間割れだったらしい。明智光秀は信長に従っていたが、秀吉は信長が去った後(隠居した後)、自分が天下人となるべきと考えていたため、明智光秀と戦った。そして、歴史に記録されている通り明智光秀は破れたというのである。これはある意味で歴史上の記録とあまり変わりはない。

では、信長は秀吉に天下を譲った後どうなったのであろうか。信長の野望は、元々日本を統一することではなく、世界を自分のものとすることであった。そのため、木内氏によれば、彼は名前を変えてローマに渡ったという。当時、世界はキリスト教の支配下であったため、世界を制覇するにはカトリックのトップであるローマ法王になるのが一番手っ取り早かったわけである。彼は名前を変えて法王の座を狙った。

さて、ここからが読者が最も気になるところだろう。結局、信長は法王になったのだろうか?実は、彼は法王にはなれなかった。その代わりに、彼は法王を選出する枢機卿の一員になった。では、それは誰だったのであろうか?これが驚くことに歴史に残っている人物であり、信長は、地動説を支持して火刑に処されたジョルダーノ・ブルーノになったというのである。(実際には、ジョルダーノ・ブルーノが枢機卿になったという記録はない。)

木内氏曰く、信長は「ジョルダーノ・ブルーノ」(Giordano Bruno)という名前を作る際、アルファベットの中に、「Oda Nobunaga」という文字を散りばめて残した。だから、「織田信長」「ジョルダーノ・ブルーノ」は音がよく似ているということらしい。

私は、この話をまともに信じる気はないが、少なくとも可能性はゼロではないと思った。信長の生没年は1534〜1582年である。それに対し、ジョルダーノ・ブルーノの生没年は1548〜1600年と、2人の生没年は非常に近い時期に重なっている。また、ジョルダーノ・ブルーノは異端とされながらも、火刑に処される最期まで決して地動説の主張を曲げなかったそうだ。それは、信長の持つ意志の強さと通じる部分がある。

また、私がもう一つ気付いたのは、2人の肖像画についてである。下の画像を見てほしい。あなたはこれを見て何とも思わないだろうか?私は、どう考えてもこれらの2枚はよく似ていると思う。これはちょっと、本当に同一人物ではないかと思ってしまうような偶然である。

【ジョルダーノ・ブルーノ(左)と織田信長(右)】
Giordano_Nobunaga.jpg

とりあえず、今日の記事は以上である。その日、私は他にも面白い話を木内氏から聞いたのだが、中でもこの信長の話が一番面白かったため、聞いた話を勝手に記事にアップさせてもらうことにした。(たぶん、本来このように人から聞いた話は勝手に公開するのはよくないと思うが。)

どうやら、彼は講演会の後にいつも自分の支援者を集めてこのような突拍子もない話をしているらしい。私は信長が本能寺の変で本当に死んだのかどうかはどうでもよいが、歴史というのはいくらでも歪曲できるものなので、このような可能性を空想するのは面白いと思う。

※なお、この記事は木内鶴彦氏本人を批判するものではない。

(Wikipedia)
木内鶴彦
織田信長
ジョルダーノ・ブルーノ


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