2015年08月30日

梅雨明け直後の熱中症

先日、7月末くらいのことだったと思うが、熱中症と思われる症状にかかった。その日、私は梅雨明け直後の時期に外出し、小さな丘の頂上にある神社に参拝したのだった。その日は雲一つない青空で、おそらく気温も湿度もかなり高かったと思う。丘の頂上にある神社に参拝するために午前9時頃から坂を登り始め、麓に戻ってくるまでに1時間半程度かかった。(それがどこの神社かは記述しない。)

実は、私は普段運動などしていないが、体力的に困ったことはない。同僚と一緒に京都を一日観光した時も、同僚が歩き疲れているのに対し、私はあまり疲れなかった。また、私のように都心に住んでいる人間にとっては、毎日の地下鉄での階段の昇り降りや、出張先まで多少距離があっても歩くなどしているため、長距離を歩くのには慣れている。そういう経緯があり、少しばかりの丘へ登るなど大丈夫だろうと高を括っていた。

丘へ登る途中、暑さと急な傾斜でかなり体力を消耗したが、40〜50分くらいかけて丘の頂上まで一気に登った。湿度も高かったため、かなり汗をかいたが、それほど積極的には水分を摂取しなかった。もしかしたらそれがいけなかったのかもしれない。頂上での参拝を済ませ、帰路に就こうとしたとき、自分の体調がおかしいのに気付いた。日陰で少し休んでも一向に体力が回復しないのである。

その日は次に行きたいところもあり、丘の頂上にゆっくり休む場所もなかったため、丘からすぐに下りることにした。すると、今度は下りてくる階段の途中で息が上がるだけでなく、足が軽く痙攣し始めた。この時、私は少し変には思ったが、「まぁ疲れるとこのようなこともあるかもしれない」くらいにしか思わなかった。ともかく、何とか丘の麓まで戻ってきて、自分が非常に疲れているということだけは認識したため、近くのレストランで休むことにした。次の場所に行くにも、そのような状態ではしっかり歩くことすらままならない。

私は、麓のレストランで1時間ほど休んだのだが、なかなか汗が止まらなかった。そして、体力も思ったほど回復しない。その時初めて、私は自分が熱中症になったのではないかと気付いた。丘から下りる時に足が軽く痙攣したのもそのせいだったのだろう。その時点でもう動き回る気力はなくなっていたが、まだ私は帰ろうかどうか迷っていた。その日特に用事はないが、次にも行きたい場所がまだあったからである。

ともかく私は、次の場所に向かって地下鉄にだけは乗ることにした。すると、しばらくして今度は急にお腹が痛くなってきた。この時点で、12時くらいになっていたと思う。熱中症の原因となった丘からは既に離れていたが、少し体力が回復した時点で謎の腹痛に襲われたのである。私は普段から過敏性腸症候群(IBS)を患っており、お腹が弱い体質だが、前日には特に悪そうなものも食べていない。そのため、なぜ急激に腹痛に襲われたのか不思議に思った。ともかく、私は近くの駅で途中下車し、駅のトイレで30分以上も下痢と格闘することになったのである。

もうその時点で私は外を動き回る気力が完全に失せており、すぐに自宅に帰るしかないと感じていた。そして、やむを得ずそのまま自宅へ帰ったのである。帰ってからは、水分を十分に取り、冷房の効いた部屋でゆっくりと休み、体力を回復させた。

調べてみると、7月の梅雨明けすぐは、まだ身体が暑さに十分慣れていないため、熱中症にかかる人が多い時期だという。これは、まだニュースなどで熱中症の情報が出始めたばかりの時期のため、気分的に油断しているということもあると思う。また、意外に知られていないことだが、熱中症が酷くなると急に腹痛下痢を起こすことがあるらしい。

この仕組みが実は非常に面白く、熱中症の初期症状である喉の渇きを潤そうと大量の水分を一気に摂取すると、身体の中の塩分ミネラルの濃度が薄くなってしまう。そうすると、身体は体内の塩分やミネラルの濃度を少しでも濃くしようと、下痢として水分をさらに排出しようとするらしい。これが、熱中症後に起きる腹痛・下痢のメカニズムだということである。この仕組みは、私が丘のレストランで水分を多めに取った後、地下鉄の乗車中に腹痛が起こったのと時間的には合致している。

このように、暑さが本格化し始めた7月は熱中症には特に気を付けなければならないらしい。熱中症による腹痛・下痢はそれほど多くの人には起こらないことかもしれない。しかし、私のようにお腹が弱い人間は、こういう時に身体の弱い部分に症状が出やすいので注意が必要である。このような自分だけにわかる身体のサインが、体調悪化に気付くチャンスとなることもある。

おそらく、この記事を公開する頃には8月に入っているため、熱中症はあまり問題にならないはずである。もちろん、8月下旬でもまだ暑さは非常に厳しいはずだが、熱中症のニュースがメディアで頻繁に流れているため、より多くの人が熱中症に気を付けるようになる。

今日の記事は、ほんの1時間程度の活動でも熱中症になることがあるということと、熱中症で腹痛・下痢の症状が現れることがあるという点で、よい情報源になるだろう。

(参考) 夏に下痢や腹痛になる症状は熱中症対策が原因!正しい治し方は


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2015年08月27日

最高の音楽と映像さえあれば

私は、暇な時というのは大体YouTubeを見ている。本来、やるべきことがたくさんあるので、暇な時というのはあるべきではないのだが、とにかくそうしている。最近、思ったことは、人は最高の映像と音楽さえあればそれだけでけっこう足りるものだということである。

下の動画、デューク・デュモン「I Got U」のPVでは、雨の日に家でリラックスしている男性が、宅配便で届いたウェアラブルデバイスを使って疑似的に世界中を旅行するというストーリーになっている。

【動画に出てくるウェアラブルデバイス】
I Got U_01.jpg

このデバイスを使うと、まるで自分が世界の別の場所にいるかのような体験できる。これは、ある意味陳腐化したアイデアではあるが、現代の技術を持ってしても未だに実現していないものである。彼はこのデバイスを使い、下のようなクルーズ船に乗ったりと様々な旅行を楽しむわけである。そこに登場する人物もリアルに会話したり、コミュニケーションすることが可能のように見える。

【ウェアラブルデバイスを使用した旅行】
I Got U_02.jpg

手っ取り早いのは動画を視聴してもらうことだが、ここまで見たところで、動画と現実のリアルな体験ではどう違うのか考えてみてほしい。

私は、映画や動画をよく見る。いつも感じていることは、映画や動画では、本当に旅行するほどのリアルな体験はできないが、そこで起きていることにまずまず近い体験はすることができる。上の動画で使用されているようなウェアラブルデバイスは、それが本当に仮想的な空間を体験できれば素晴らしいが、私はそこまでもしなくてもいいかという気がしている。

映画や動画は、一方通行である。そして、そこに五感をフルに活用したコミュニケーションはない。そこが、実際の体験と違うところだ。しかし、それが一方通行でなくなったらどうだろうか。この動画のように、仮想的な空間の中でコミュニケーションが発生し、現実の生活と変わらない体験ができるとしたら。それはとても面白いことだが、きっと扱いづらいものになるだろう。Facebookオンラインゲームの世界では、事実、現実世界に近すぎるため、長時間使用すると実際の生活と同じように疲れるということが起こっている。

今、ウェアラブルデバイスの実用化はまだ始まったばかりである。きっとこの体験デバイスが完成するのに、あと100年はかかるだろう。人の五感や認知能力を完全に仮想空間に移動し、コントロールするということは、技術的には非常に難しいことだ。また、その中で登場する人工知能が完成するのもまだ先のことだろう。これに近いものは遠くない未来に出てくる可能性はあるが、この動画通りの内容が実現するのは、私たちが生きている間には難しい気がする。

もしこんなに簡単に旅行できるとしたら素晴らしいことである。しかし、このようなデバイスで頻繁に旅行するというのもすごく神経がすり減ることだろう。何よりも、今の映画や動画のように、最高の映像と音楽さえあれば十分足りることだと思う。

(YouTube) Duke Dumont - I Got U (Official video) ft. Jax Jones
(Wikipedia) ウェアラブルコンピュータ


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2015年08月24日

【祝】ブログ開設二年

このブログは、2015年8月22日でちょうど二年を迎えた。最近感じていることは、やはり2年が経つと書くモチベーションは徐々に落ちてくるということである。今では、このブログは長く持って3年が限度のような気がしている。

ブログというものは、日々の日常が変わらなければなかなか内容が充実してこない。書きたいテーマはいろいろあるのだが、その記事を書くに当たって良い記事に仕上げるエネルギーが湧いてこないのである。絶えず新しいことを吸収し、気持ちが高ぶっている時の方が質の高い記事が書きやすい。

また、自分自身に対して要求レベルが高くなってきたのも事実である。自分が書いた過去の記事を見ていると、「この記事はつまらないなぁ」と思うことがよくある。長くブログを続けていると、極力つまらない記事は書きたくないし、良い記事を書くのが大変だということがわかるため、パソコンに向かう前に躊躇することが度々あるのである。

さらに言えば、最近ではこのブログに変化がないためか、読者の数が頭打ちになってきた。記事を毎日一生懸命公開しても、しばらくサボっても読者の数はあまり変わらず、一定数の同じ人が見ているたけの状態なのである。読者が見てくれていることだけでもありがたいことなのだが、書いている方としては徐々に読者の数が増えていかなければ面白味はない。そういう意味でも、これ以上ブログを続けても報われない気がしている。

何だか非常にネガティブなことを書いているが、それはきっと今日のタイトルのせいだろう。今日の記事は、「【祝】ブログ開設二年」と銘打っているが、私個人としてはそれほど祝うほどのものでもないし、達成感もない。むしろ、この記事のスペースを別のもっと私が関心の高いテーマのために使いたいほどである。そう思って、ちょうど一年前の「【祝】ブログ開設一年」を見てみると、そこではタイトルには全く関係のないうつ病のことを記事にしていた。今日ももしかしたらそうすべきだっただろうか。

あと、やはりこのブログで物足りないのは、読者からのフィードバックがないことである。つい先日、記事「FBを活用したフィードバック収集」でも述べたが、誰の意見ももらえないままでは、ブログが良くなるはずもない。しかし、公に意見を求めれば誹謗中傷も多くなるだろうから、意見を求めるということは諸刃の剣ということになる。決して攻撃的でない意見を、率直に流してくれる一定数の集団が必要である。

とはいえ、最近のFacebookを見ると、年齢層は上がり、非常に面白くない投稿ばかりが目に入る。もうSNSの時代は終わりそうだし、ブログとFBTwitterを連携させるのにも無理があるだろう。何だかんだ言って、私は世界の全てに対して否定的な見方をしているようだ。これで他人の率直の意見を受け入れることなどできるだろうか。

(参考)
FBを活用したフィードバック収集
【祝】ブログ開設一年


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