2015年10月15日

内因性でも心因性でもなく

特に辛いことがない時でも、憂うつな気分になることがある。これは一体なぜなのだろうか。例えば、今日は連休明けの月曜日だった。そして、今日私は会社に行く前、なぜだかわからないがとても重い気分になった。仕事が楽しくて仕方がないという人は少ないとして、これは誰にでもあることなのだろうか?

私のここ数か月の生活は、これまでにないほどうまくいっている。仕事も順調に進み、人間関係にも恵まれ、家族は健康である。はっきり言って、身の回りのことがうまくいきすぎて怖いくらいである。人生はいつ何が起こるかわからないという不安は常にあるが、しばらくは今の生活を続けていけるのではないかと思っている。

前は、朝仕事に行くのが嫌だった時、その原因がはっきりしていた。その頃の私は、仕事で大きなストレスを抱えていた。でも、今はストレスがない。いや、自分でストレスを感じていないだけという可能性もあるが、少なくとも自分が望むだけの職場環境は手に入れている。それでも、なぜか出勤する前に憂うつな気分になるのである。それが、私には一番理解できないことだ。

何かで読んだことがあるが、人が人生で困難にぶつかった時にうつ病になるのは、人間の自然な反応なんだそうだ。たぶん、その人は「適応障害」のことを言っているのだろうと思う。本当のうつ病はそうではなくて、人生がうまくいっている時に抑うつ気分や不安といった症状が現れる。と、その人は書いていた。医学的見地から見ると、困難にぶつかった時になるうつ状態は「適応障害」で、何も原因が見当たらない時になるうつ状態は“内因性の”うつ病とされる。

外因性心因性のうつ病が、器質的や心理的な面で原因がはっきりしているのに対し、内因性のうつ病にははっきりとした原因が見つからないことが多い。「内因性」をよく調べてみると、遺伝や体質などが原因と考えられる精神疾患であるとか、個体の内的素因に基づく精神疾患であると書かれている。でも、これははっきり言って意味不明で、内因性という言葉には、「原因不明である」という意味が深く込められているようにしか見えない。

一方で、内因性と心因性はしっかりと切り分けるのが難しいという意見もある。例えば、患者本人がストレスを認識できておらず、内因性のうつ病だと思われていた時に、よく話を聞いてみると、小さなストレスの積み重ねや、何年も前の喪失体験が原因である可能性が高いことがわかったというような場合である。このようなケースもあり、本当にストレスがないのかどうか患者本人が認識できない場合に、そのうつ病が内因性なのか心因性なのか精神科医が判断できないのも仕方がないことである。

このような前提を元に考えてみると、よくわからないが、たぶん私は内因性のうつ病患者ではないだろう。おそらくだが、私がたまに感じる抑うつ気分は、はっきりとしたストレスが原因ではなく、また、遺伝や体質が原因でもない。私が感じている抑うつ気分として一番原因の可能性が高いのは、人間の人生そのものに対する絶望感悲しみである。これは私が自分の心に問い合わせてみて最もそう強く思い当たる。

人間の人生は長いようで短い。そして、何かしようとしても、全てが思い通りにはならない。そういうところに、私は絶望感を感じる。また、人間の心は美しいこともあるが、醜い部分も大きい。私には、それが悲しい。

(参考)
内因性・外因性・心因性
症状を引き起こす原因によるうつ病の分類


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posted by 良源 at 00:00| うつ病 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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