2015年07月28日

スカーレット・ヨハンソンと絵画

このブログで一度だけ、フェルメールについて書いたことがある。ヨハネス・フェルメールは、17世紀オランダの画家である。その時、私はフェルメールについて書きたかったわけではなく、グイド・レーニの作品である「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」を紹介したくて記事を書いた。

フェルメールの作品では、「真珠の耳飾りの少女」が非常に有名だが、この作品はモデルが誰だかはっきりせず、「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」を元にして描かれたものではないかという説もある。だから、過去の記事ではその“ついで”という形で加筆したのであった。

私はフェルメールについてはよく知らないのだが、2003年に映画版の「真珠の耳飾りの少女」が公開されていたことを知り、この記事を再び書いてみようと思った。今日は、私がこの映画を見て感じたことを少し書いてみたい。

映画「真珠の耳飾りの少女」は、2003年に公開されたイギリス映画である。フェルメールは英国人であるコリン・ファースが、絵画のモデルとなるグリートは米国人であるスカーレット・ヨハンソンが演じている。スカーレット・ヨハンソンは、最近では映画「LUCY/ルーシー」に出演したことでも知られている。

この映画の題材である絵画「真珠の耳飾りの少女」は、上でも述べたように、歴史的にはモデルが誰なのかはっきりしていない。モデルはフェルメールの娘マーリアであるという意見もあるが、決着がついていないのだという。ただ、この映画自体は、後に作られた同名の小説を映画化したものらしく、そこでは使用人として働く少女が絵画のモデルとなっている。

この映画はインターネット上での評判は非常に良いが、全体的な作りはとても簡素である。どちらかというと、フェルメールの生きた世界を肌で感じたい人のための映画と言えるのではないだろうか。使用人であるグリートが苛められるわけでもなく、フェルメールの波乱万丈の人生を描くわけでもなく、映画自体のストーリー性は比較的薄い。

とはいえ、後半はそれなりにストーリーの山場があるのも事実である。フェルメールの妻が、主人がグリートと浮気をしているのではないかと疑い始め、とうとうアトリエに入って彼の作品を見てしまう。そして、最終的にグリートはクビになってしまうのであった。逆に、映画の前半部分は非常にゆったりとした流れになっているので、この映画は流れる映像を楽しみながらじっくりと鑑賞するのが良いと思う。

ちなみに、この映画でモデルを演じているスカーレット・ヨハンソンだが、彼女の雰囲気は、絵画自体が醸し出す雰囲気とはあまり似ていないと思った。2つの画像を比較すると下記の通りである。

【スカーレット・ヨハンソン(左)と絵画(右)】
Girl with a Pearl Earring.jpg

私は、映画を見ていてスカーレット・ヨハンソンの演技は確かに上手だが、どちらかというと絵画の方がもっと上品な雰囲気が漂っており、スカーレット・ヨハンソンは気の強い女性であるという印象を受けた。(彼女が映画「LUCY/ルーシー」などに出演していることからもそれはわかる。)上の画像を見比べてみても、スカーレット・ヨハンソンの方が目に力強さが感じられる。とはいえ、この違いは絵画の芸術性を損なうものではない。映像の美しさは、フェルメールの生きた時代をより精巧に再現するものになっている。

ところで、この絵画は冒頭にも述べたように「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」を元にした可能性があるという。私は、「真珠の耳飾りの少女」「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」を比較すると、「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」の方が表情が微笑んでいて好きである。それに、映画の途中でも時々出てくるように、青いターバンを巻いた状態では髪の毛がどのくらい長いのかわからない。「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」は、髪の毛が少し描かれているという点でも女性の美しさを感じさせる。

たぶん、絵画の芸術性と、描かれている人物の美しさをあまり深く関連付けるのは、絵画の鑑賞の仕方としては良くないと思う。しかし、芸術はそれぞれの人にあった楽しみ方があると思うので、趣味としては個人の自由にするのがいいだろう。

(Wikipedia)
真珠の耳飾りの少女
真珠の耳飾りの少女(映画)
ヨハネス・フェルメール
スカーレット・ヨハンソン
(参考)
ベアトリーチェ・チェンチの肖像


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posted by 良源 at 00:00| 映画・TV・音楽・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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