2015年08月15日

怖いのは失敗することではなく

今日の完全なタイトルは、「怖いのは失敗することではなく、本気を出していないと思われること」である。

最近仕事で感じていることは、私の会社の同僚たちは皆、とても頑張っているということだ。私のプロジェクトにいる同僚たちの愚痴を聞くと、ほとんどが「俺はこれだけ頑張っている。なのに全然評価されない」といった内容である。彼らは、自分たちが頑張っているのに、誰も評価してくれなければ、感謝すらされないということに憤りを感じているらしい。

例えば、先日は朝から重要な会議があったのだが、先輩の一人はその会議のために、前日の深夜3時まで会社に残って資料を作成していた。私たちは別に、彼に資料の作成を命令したわけではない。しかし、彼は資料ができていなければ全員が困るのに気付き、自分で責任感を感じて資料を仕上げたのである。

にも関わらず、私たちは誰一人として彼に対して感謝の言葉を述べなかった。プロジェクトのメンバーは、「気付いた人がやるのが当たり前でしょ?それがなくて一番困る人がやるのが自然なんじゃない?」という感じなのである。これでは彼のフラストレーションは溜まるのも仕方ない。私は当日の会議の後、偶然彼と2人きりになったのだが、彼の愚痴はあまりにもうるさかった。私は彼の不満に気付き、皆が陰で感謝していたという作り話をでっち上げて彼をなだめたほどである。

私の職場の上司は、部下にまず大量の仕事を与え、できる能力があるかどうかを見極める。そして、できなかったらどうするか対策を検討するというやり方でマネジメントをしている。会社というものは、人の能力をギリギリまで引き出すことで、利益をできる限り多く確保しようとするのである。こんなことをしているので、社員たちにはいつまで経っても余裕は生まれない。能力のある人もない人も、限界まで力を出し切ることを求められるからである。

そうすると、私たち社員にはある種のジレンマが生じることになる。それは次のようなものである。

【社員のジレンマ】
1.できる限り自分の能力を評価されたい。
2.しかし、仕事は自分のペースでやりたい。
3.しかし、怠けているようには思われたくない。

そうするとどうなるか。社員の中には、期待に応えようと頑張り過ぎてメンタルの調子を悪くする人や、言い逃ればかりして全く仕事をしない人が出てくる。仕事を頑張っても評価されず、仕事を怠けても怒られるのでは、そうなるのも仕方ないと思う。

こんな状況の中で私たちは仕事をしているので、仕事の内容は失敗だらけである。上司が何も責任を取らずに全てを部下に押し付けていたら、部下が大失敗を起こしたということもよくある。そういうことを目の当たりにしているので、私はだんだん仕事に対する緊張感がなくなってきた。上司が部下の力をギリギリまで引き出すように仕向けていれば、部下は何もサポートされず、いつかその人の仕事は破綻するものだ。

今の私は、「仕事で何が一番怖いか?」と聞かれたら、おそらく、「本気を出していないと思われること」となるだろう。仕事を失敗するのは怖くない。仕事の失敗が組織に大きく波及したとしても、その責任が問われるのは結局のところ上司である。それよりも、仕事の姿勢を疑われ、同僚に付け入る隙を与えることの方がよほど怖い。

もし自分が本気を出していなかったら、仕事を失敗した時に言い訳すらできない。仕事を侮っていたり、怠けていたりして起こした失敗は、仕事に対する姿勢を大きく疑われることとなる。そうなれば、会社員人生はかなり危うくなるだろう。責任感のない人間はいつクビになってもおかしくない。

そもそも、私たち会社員は表向きは既に可能な限り全力で働いていることになっている。今の私の職場は人間関係こそ悪くないが、そういう個人主義の環境こそが、より一層の窮屈さを生んでいるように感じてならない。


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2015年07月17日

システムエンジニアと長時間労働

時々、会社で一緒に働いている派遣社員の女性が、「この会社の社員は皆、感覚が麻痺している」と言う。麻痺しているというのは、どうやら労働時間のことらしい。システムエンジニアという職業は、彼女の感覚からして長時間労働が度を越しているようなのである。

私にはこの感覚はよくわからない。私は他の業界で働いたことはないからである。しかし、学生アルバイトの時に見ていた飲食店の正社員はかなり働いていたし、同業種であれば他の会社も同じような労働環境を敷いている。取引先である自動車メーカーや商社の人々も毎日かなり遅くまで働いている気がする。だから、「これって普通なんじゃないの?」というのが私の感覚である。

とはいえ、確かに私たちは働き過ぎだという意見も多い。例えば、最近同僚の一人が持病で一か月ほど入院していたのだが、彼はその時のことを次のように語った。

「入院先のベッドで道を歩く人たちを見ていたんだけど、どこの会社もやはり17時くらいには仕事を終えているんだなって実感したよ。自分たちは毎日22〜23時まで仕事をしているから、明るいうちに家に帰るっていうことが羨ましく思えたね。」

この同僚のように、「明るいうちに家に帰ることが羨ましい」と言ってしまえば、確かに私たちは働き過ぎかもしれない。しかし、実際には私は明るいうちに仕事を終えることも多い。そういうのは大概繁忙期ではない時で、その時の残業時間は月に10〜20hほどになる。私たちの仕事は、山あり谷ありなのである。

しばしば、「システムエンジニアは長時間労働だ」と言われるが、よくよく見るとそれは外部の人間が、私たちの繁忙期だけを見て、まるでそれが一年中そのような労働条件で仕事をしているかのように指摘しているだけのこともある。それはあまり正確ではないし、繁忙期に忙しいのはどの業界でも当たり前だと思う。

あと、中には残業好きの社員がいて、そういう人たちを指して、「業界全体が長時間労働だ」というような指摘をする場合もある。例えば、私は先週、システムがトラブルを引き起こして毎日23:30頃まで仕事をしていたが、実際はプロジェクト責任者に付き合って夜遅くまで待機していただけで、会社にいる間、常に時間に追われて仕事をしていたわけではなかった。そういう時のことをより正確に説明すれば、「残業は多いけど、仕事はそれほど忙しくなかった」というわけである。

何というか、世の中には毎日17時きっかりで仕事を終えて帰れる職業も存在するのだと思う。そういう職業は確かに羨ましいし、それで一生給料が保証されるのなら何も言うことはない。しかし、情熱を持つ優秀な人々と一緒に働いて、(労働時間も含め、)絶えず自分の視野を広げていくことはとても重要なことのように思われる。

最後に一言だけ、私も「残業は美徳」みたいな古い日本的な考え方からは早く抜け出すべきだと思う。効率的に仕事をすることが重要かと。

(参考)
心のリズムは誰にでもあります
私の会社のノー残業デーについて
残業100hオーバーという状況


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2015年06月15日

商売人魂を持つ社員たち

少し恐ろしいことだが、時折仕事が楽しいと思うことがある。自分に与えられた仕事をこなし、プロジェクトの課題をクリアしていくのがワクワクするのである。かつてうつ病を患った職場なのに、これは非常に不思議な感覚だ。そのような状態の時、私の頭には単に「楽しい」という感覚ではなく、「怖いもの見たさ」に近い感覚がある。

例えば、システムにトラブルがあったりすると、心の中で「これは面白いことが起こったぞ!」と思ったりする。具体的には、システムに致命的な欠陥が発見され、その原因がどこにあるかがわからないようなケースである。こういう時、メンバー全員で原因究明に当たるわけだが、自分の力をフルに活用してプロジェクトに貢献できるので、ゾクゾクする。もしかしたら、自分の担当範囲に問題が発見されて責められるかもしれないというスリルと、自分のスキルをアピールできて嬉しいという両方の感覚を感じている。

うつ病を完全に克服して約半年、これから私は違う自分になれるかもしれない。このブログのサブタイトルにも、「さぁ、恐れずに次なるステップへ進もう。」とある。私は今、さらなる成長の機会を感じている。

自分の上司や先輩たちを見ていると、尋常ではない商売人魂を感じることがある。彼らは、部門やプロジェクトの売上を上げることに命がけである。普通、会社員というのは、与えられた仕事をこなし、生活していくのに十分な給与が得られればそれで満足と思うかもしれない。しかし、大手企業において仕事のできる人というのは、本当の意味で会社に貢献しようと努力している人たちである。彼らは、会社の利益が上がっても自分の賞与や給与には大して影響しないことを理解しているが、それでも社会の経済活動に貢献しようと必死だ。

例えば、つい最近こんな出来事があった。私の取引先である商談があり、そのプロジェクトは5,000万円ほどの中型規模になりそうだった。私の先輩はその商談を獲得し、部門の売上に貢献したかったのだが、少し問題があり、その取引先の担当者が非常に厄介な人物だった。私とその先輩は2人で何とか商談を獲得しようと、お客様の元に提案に通ったのだが、ことごとく否定されて苦戦していた。

私たちは、4〜5回お客様との打ち合わせに臨んだが、毎回うまくいかず、もう私は既に「この商談は取りたくない」と思うようになってしまっていた。そのように手強いお客様なら、仮に商談を取れたとしても、プロジェクト開始後にコミュニケーションに支障をきたすのは目に見えていたからである。私たちその後もメールや電話でアプローチをかけていたが、結局しばらくして、お客様都合でその商談自体が中止になってしまった。

私は心の底で、「あぁ、商談がなくなって良かった。あんなひどい客とこれから仕事をするなんて、またうつ病が再発しそうだ!」と思っていた。しかし、私と一緒に頑張っていた先輩は、「なんてことだ!もう少しで部門の利益に貢献できたのに。」と本気で悔しがっていた。

この時私は学んだのであった。会社の存在意義は、利益を出し続けることにある。だから、どんなに嫌なことがあっても、会社の利益になることであれば社員は必死にならなければならない。従って、私の「会社のためになることでも、嫌なお客様とは仕事をしたくない。」という気持ちは非常にレベルが低かったのである。これは反省しなければならない。「給料の分しか仕事はしない」ではなく、「自分が社長になったつもりで仕事をする」ということが大事なのである。

そういう意味で、私の上司や先輩たちは、私とは仕事の視点が違うと感じている。彼らと一緒に仕事をしていると、並々ならぬ商売人魂が感じられる。私みたいに、「生活に十分な給料が得られればいい」とか「与えられた仕事以外はやりたくない」と考えている連中は役に立たない社員ばかりである。仕事ができる社員は例外なくもっとレベルの高い考え方をしている。

もしかしたら、私のように母体がしっかりしている企業で働いていると、生活の不安を感じることが少ないため、自分の実力を試すことだけに集中できるようになるのかもしれない。それは非常に良いことで、仕事のできる社員たちは、ますます与えられた土台で精一杯努力できるようになるのである。

私はまだ若い。向上心を持って出世していく社員と、環境に甘んじて甘い蜜を吸っている社員。どのような組織にもその2種類がいるが、どちらになりたいかと言えば、やはり前者のようになりたいと思う。


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